第六話:乱軍 最後の一歩

(執筆者:詠羅)

 

 

アクロニア大陸にある4つの地方都市のなかで、もっとも気候に恵まれないとされる都市。モーグ。
天候が安定しないこの都市は、空が常に分厚い雲で覆われており、太陽が顔を出す日は殆どない。
一年の大半を雲の下で過ごす住民達は、皆虚ろな表情を浮かべ、とても活気があるとは言えない表情をしていた。

そんな貧相な国家に、まるで空を覆うほど巨大な飛空城が領空を進み、その周辺にはエンジンと共に高角砲を搭載した飛空庭が五機が続く。
飛空庭が3つ収まりそうな大きさの城には、フェンサーの紋章が掲げられ、周辺の庭二機に同じ紋章。三機はモーグ国家の紋章が掲げられていた。

この城の甲板で小さく溜息をついたキリヤナギは、後ろで優雅に散策する貴族に苛立ちを隠せない。

「小さいな」
「部隊がリング時代の城。君の家のと比べないでよ!」

唐突に口にされた感想にキリヤナギは叫ばずには居られなかった。目の前の貴族。アークタイタニア・ジョーカーのカナトは、戦闘用の黒装束を纏ってはいるものの、戦う力を持っていない一般人だ。

「総隊長。ウィザード隊のステルス準備が整いました!」
「本当に! じゃあ、モーグ艦を含めた全艦、インビジブル航行に移行お願い」
「は、全艦。インビジブル航行に移行!」

通信が行き渡ると同時に、七色の光が艦隊を包む。
膜のようものを纏う艦隊は、透き通る透明状態になり、外部からその存在を消した。

「誘拐事件1つに、かなり大規模な構えだな。タイタニアだけではないようだが」
「牽制だよ。あと敵は空賊だからね。モーグの傭兵団も手を焼いてたみたいだし、この機会に潰したいんだって」
「なるほど。……あまり意識しては居なかったが、傭兵団か……」
「財政面が困窮してて騎士団を組む程の資金がないんだよ。一般冒険者を雇ってギリギリなんとかしてる感じじゃないかな……、協力体制になって一番よく応援頼まれるし、大変なんだと思うよ」
「困窮するこの地方なら、落ち延びる事で追っ手を捲けると踏んでいるのか……?」
「そうだね。他国の領空に無断で進入できないし、ここなら追っ手が来ても兵力的に撃退できる可能性がある。普通の庭じゃ砲台なんて積まないし、用意するのも大変だから」
「なるほど、……しかし何故、奴らがアクロポリスの貴族に手を出したのか疑問が残る。上流階級を拐えば、貴様が動くと予想できたと思うが……」
「さぁ……。でも、通報がなければ、位置の把握が難しかったし、自信があったんじゃないかな? 部隊じゃなく、混成騎士団に通報がきて、僕にきたし」

モーグ側が他国から圧力を受けていたと仮定すると、藁にもすがる思いでキリヤナギに頼るのも理解できる。
自身の領空が、ならず者の避難場所になるなど国家の汚点にしかならないからだ。

「空は専門外なんだけどなぁ……」
「私が見届けよう。貴様の力量を……」
「へぇ……、じゃあ頑張るよ」

「総隊長!8時の方角に三機の艦群を確認。城一機と飛空庭二機です」

双眼鏡を渡されキリヤナギが甲板から確認すると、見たことのない改造をされた飛空城と、砲台を積んだ二機の飛空庭が、示された方角に存在した。
通常市販されている一般の庭には、砲台をつける事はできないが、唯一この世界で空軍をもつ国家がある。

「どう見てもアイアンサウス空軍の庭だし……」
「分かるのか?」
「分かるも何も、毎年みてたからね。様式的に古いけど、結構厄介……」
「アイアンサウス空軍に仲間が?」
「そう考えるのは早いよ。庭や城って中古品を国家間で売り買いしたりするし、その幾つかが個人に渡っていても不思議じゃない。お金さえあれば手に入るけど、敵はそれなりのスポンサーでも付いてるのかな」

インビジブルで透明化しているものの、姿を見せれば砲撃戦は避けられない。
しかし土台のバオバブの木は、エンジンでは無く質量の軽さから浮遊している為に、落とすためには土台から破壊するしか方法はない。
また海上には、艦群を見張るため、古き民のインスマウスの群れが付いてきていて、海上に人を落とす訳にもいかない。
難しい盤面だが、戦う為に来たのだ。今更引き下がれない。

「全艦、エンジン音を押さえて敵射程ギリギリまで接近。バリアと一緒に部分的なソリッドオーラの展開の準備!」

ディバインバリアを纏った6機の艦群は、エンジンを押さえゆっくりと接近を開始する。

@

ジンは緊張していた。
電源が落ちた飛空城の内部には、じんわりとした蒸し暑さが狭い通路に立ち込めている。
自分達を追う敵に注意を払い、追い込まれないように道を選択する作業は、自身が思う以上に集中力を削ぎ消耗していた。

「ジン。大丈夫か?」
「平気っす……。この先が甲板すね」

「体力ねぇなお前……」
「ホークアイと比べてやるな。アステガ」

アステガの突っ込みに何も言えず、ジンは少しうな垂れた。
あるかないかと問われれば、ある方なのにこの2人は、ここまで走ってきて汗ひとつかいていない。
体力の差もそうだが、持つ武器の重さも最も軽いはずなのに、情けないと思った。
ゆっくりと呼吸を落ち着かせ、人の行き交いを観察して居ると、反対側にいるアステガが、腰に吊るしたボトルを投げてよこす。

「足手まといになられたら困る。のんどけ」
「いいんすか?」
「倒れて担ぐのだけはごめんだからな」
「ありがとう、ございます……」

水分をとるジンをみて、アステガはさらに周辺の気配に神経を尖らせる。
グラディエイターが2人と、ホークアイが1人。
このチームでのホークアイは、いわば前衛2人ととっての生命線だ。前衛2人に加え、1人銃がいることで相手の突撃を牽制でき、後ろからの不意な遭遇にも対応ができるからだ。
その上でこのホークアイは、そこのグラディエイターよりも潜入戦に慣れている。
経験があるのか肝が座っているのかは、会ったばかりのアステガには分からないが、ここに来た分、相応のスキルはあると言うことか。
なら尚更、ここで倒れて貰っては困る。

「あっちは正面だし待ち伏せされてるだろうな……」
「……やっぱりそうっすかね。屋内で探す奴ら減ってるし……」
「少し回りこむか……、ついて来い」
「えっ、そっちは行き止まりじゃ……」
「お前の地図は改造される前の奴だ。なめんな」

顔を見合わせるハルトとジンは、アステガの話に戸惑いつつ歩を進める。
甲板での戦いに備えるためにも、これ以上の戦闘は避けたい。
アステガとハルトはまだしも、ホークアイなど飛び道具を使う人間には、戦う上での絶対的な制約があるからだ。

「ジン。弾は平気か?」
「まだ当分は……無駄遣いしなければ、大丈夫……かな?」

その弾の数がこのチームのカウントダウンにならなければいいと、アステガは思いをはせる。
アステガが2人を連れてきたのは、行き止まりの壁に穴を開けて作られた連絡通路だった。
簡易なのれんをかけられただけの通路は、配線や動力パイプがむき出しになり、鉄の錆びた匂いや蒸気が立ち込めている。
今は電源が落ち、停止してはいるが所々に補修の跡があった。
その真っ直ぐ進んだ先に、壁の色とほぼ同化した扉があり、アステガは迷わずそこを解放する。
一気に光が差し込み驚いたが、出た場所は飛空城の側面で、下界には武装した小型の庭が浮いていた。
他は見渡す限りの海で、城を見張るインスマウスがビチビチと音をたてている。

側面を囲う形で組まれた足場は、どうやら甲板まで続いているらしい。

「おい、お前らの言う味方はどこだ?」
「え……アクロポリスの方かな……?」

北東の方角に艦群を確認する事は出来ない。
あるのはインスマウスによる波線と水しぶきのみで、それらしき影は何も見当たらなかった。

「見捨てられたか……?」
「それはない……とは……」

何故返答に戸惑うのか。
このホークアイは自分の組織を信頼していないのか?

「来てないなら仕方ねえ……引きつけて減らしながら甲板に出るぞ!」

アステガの呼応に答え、3人はその足場に沿って甲板を目指した。
鉢合わせした敵は武器を抜く前にアステガのストレートをもらって仰け反る。またハルトもアステガを飛び越え、剣を鞘に収めたまま殴り倒した。

「やるな……」
「適度に動かないと鈍るからな。おまえこそ無理はするなアステガ」

チームワークに感心した手間え、ジンは2人の間に飛び交う火花に困惑した。
この空気は演習での獲物の奪い合いに似ている……。
そんな2人の前方から更に敵が姿を見せ、今度は腰に回転式ピストル。レボルバーが見えた。
倒れた敵を見て驚き、それを抜く動作を確認した瞬間。敵がのホルスターが弾丸で裂かれてふっとび、空に投げ出された。
その怯んだ一瞬で、アステガが腹に蹴りをねじ込む。
早い、アステガは素直に感想した。

銃声が響いた所で、甲板にいた大勢の乗組員が少しずつ此方に向かってくる。
前から、そして後ろから、ハルトが後ろに回り、ジンを囲う形で押し込んで行く。
この時点でアステガは妙な違和感を得ていた。
普段戦う時とは違うとは違う何か。
血の匂い。響く嗚咽はいつも通りなのに、何かが違う。
甲板に近づいていく中で、アステガはその違和感に気付いた。

敵が生きているのだ。
動けなくなるほどの怪我はしているが、倒してきた敵が皆生きている。
まずいと、アステガは危機感を感じた。
今は動かない敵でも、後から回復させられれば、敵がまた増えることになる。
起き上がって来られれば、それでこそ此方が持たない。
そこまで考え、アステガは自身の思考回路を一度リセットした。

そして2人が此方に注意を引いたタイミングで、アステガは、向かってきた敵を大剣で肩から切り付ける。
ごっという鈍い音が響いて、敵が一気に崩れおちた。

彼らがどんな心情で、決意で、戦っているのかは知らない。知ろうとも思わない。
相手を理解しようとしない自身が、彼らに対して、敵の生死を説く義理もない。
彼らが殺さないと決めているなら、他ならぬ自分は、この場で全てを殺してでも生き残る。
アステガは大剣を握り直し。敵を睨んだ。
また背後からの援護が止まり、後ろの空気を察した。
それでいい。

怖気付いた敵へアステガは吠えるように、突撃を始めた。

@

「敵、甲板に動きあり。乗組員の小数が船首下側へ移動しています」
「……ジンかな? 引きつけてるのかも」

治安維持部隊、飛空城にて、キリヤナギは敵の動向を探っていた。
ジンからすぐに来て欲しいと連絡をよこされ、現場付近まで辿り着いたのまではいいが、タイミングを計りかねているのだ。

「囲い込むとしてその後ですね。先制攻撃はよろしくないかと、報復してくれるならそれに越したことはありません」
「じゃあとりあえず、2人を助けにるためにフェイントを入れよう。敵射程に入って攻撃準備」

一度注意が此方に向けば、敵は二分されるだろう。
まもなく、海上での戦いが始まる。


@

ジンは先程までかいていた汗が、冷や汗になっている実感を得ていた。
寒い。運動による汗ではなく、悪寒じみた嫌な汗だ。
懐かしい血の匂いに、普段考えもしない感情が込み上げてきて、目の前の敵を倒す際に躊躇いを覚える。
その所為で足を狙ってもかするだけで当たらない。
抑え損ねた敵はアステガが殺してゆく。
自分が打ち損じた相手が死ぬと思うと、外せないプレッシャーが更にミスを呼んでいた。
いけない。

「おい! まだか!」

アステガの叫びに、ジンは何も答えられない。
動いてはいけないと思った。
手加減が出来ない自分は、きっとまたやりすぎてしまう。
嫌だ。

「ちぃっ……」

撃つことすらままならないジンに、ハルトは注意を払う。
アステガの行動が、影響したのは分かっていた。
ハルトもまた同様して、未だ刀を鞘から抜けずにいる。
しかし、敵は減っていた。

アステガの躊躇いのないその剣が、間違いなく敵を減らしている。
強いとハルトは思った。

通ってきた道には赤い血だまりが伝い、剣も油によって切れ味が摩耗してきている。
剣で戦うには限界が近い。
またハルトも囲まれ、鞘で殴るだけでは無理が生じて来ている。
そんな中でハルトは1人、迎えに来た彼女に思いを馳せた。
無事でいるだろうか。
結局、会うことができないままこの窮地を迎えている。
本当に無事であるなら、会わずとも散って構わないと考えはしたが、今は違う。

「ジン」
「……!」
「俺は、もう一度あいつに会うまでは死ねない……だから、もう少しだけ力を貸してくれ」
「っ!」

キリヤナギに話された言葉。
思うべきその心をなくしてはいけない。
本当に思うなら、思われるその身を何より大切にせねばならないと、それは相手の為に、自分の為に……。

ハルトの言葉を聞いて、ジンは手首に力が入るのを感じた。
救って欲しい人がいると頼まれ、他ならぬ自身も、救いたいと願う。
そう決めたハルトの意思に添い、ジンもまたここにきた。
考えれば半端だったのかもしれない。
半端で覚悟もなく来てしまい、アステガの行動に酷く驚いてしまった。
これは訓練じゃない。
半端に戦えば自分が死ぬのだ。だからアステガは、ジンの代わりに殺した。
殺さないなら、代わりに殺すと、生き残る為にやっている事だ。

正しいとまでは思わない。
が、そこに生命の天秤があるなら、迷ってはいけない。

アステガはジンの目つきが変わるのを感じ、迷いなく弾倉を入れ替えたのを確認する。
足さえ引っ張らないのなら、好きにすればいい。

アステガがそう思いジンが再び、引き金を引こうとした直後。

「ハル、くーん!!」

上空から響いた声に、ハルトは心臓が止まった。
一度幻聴かと思いジンとアステガをみるも、2人もまた声の主を探している。

「ハ、ルくーん!!」

涙声を混じるその声を3人は確かに聞いた。
だから、ハルトもまたその声に応える。

「ティアーー!!」

声の発生源は上だった。
飛空城甲板のエネルギー体があるさらに上の見晴台。
そこに1人。少女が柱にしがみついている。
ティアだ。
言葉が出る前に、ハルトが前に出ようとすると、爆発音にも近い轟音が飛空城を揺らした。

爆弾の時間にしては早い。
白い煙幕のようなものが城の下部から立ち上がり、照明弾のようにも見える。

「砲撃だと!?」
「どこだ!」

固まっていた敵がまばらになり、3人が再び動きを取る。
元々臨戦態勢を組み、応戦態勢に移行する中アステガは気づいた。
何も無いはずの海上にインスマウスがいる。
途端、何もない場所からまるでガラスがひび割れるように、それが出現した。
始めに見えたのは、モーグ傭兵団の旗と見なれた部隊の紋章。
現れたのは、同等クラスの飛空城と、周囲を囲む飛空庭だった。

城の甲板に立つモーグ傭兵団の団長は、城の拡張スピーカーを利用して通達する。

「貴様らの完全に包囲した。速やかに報復し、人質を解放せよ」

騒然とする空気の中アステガは警戒を解かず、観察する。
城を動かす機器はすでに抑えてあるのだ。
逃げ場はない。報復するかとも思ったが、始まったのは、砲撃だった。

部隊側は、すぐさまソリッドオーラを展開。
砲撃をバリアで回避する。

「だめですか……」
「……仕方ない。グランジ、お願い」

キリヤナギが目線をやった先、バリアが展開されたその甲板で1mはある巨大な長銃を構える影がある。

有効射程ギリギリの狙いだが、行ける。
ボルトアクションにより筒へ弾丸を込めたグランジは、静かにその引き金を絞った。

爆音。
敵を捉えた弾丸は、飛空城へ着弾し真っ白な煙幕を発す。
またそれを確認したキリヤナギが、全部隊へ号令を発した。

「飛翔部隊! 出撃!」

憑依したフォースマスターとペアとなり、天空へと飛翔したタイタニアの部隊は、各々の得意武器を持ち攻撃を開始する。
”ソリッドオーラ”により、弾丸を無効化する各チームは、真っ直ぐに飛空城を目指した。
そんな様子をキリヤナギは、双眼鏡で熱心に観察している。


「行きたいですか……?」
「……なんで!」
「顔に書いてますよ」
「そうかな……けど、無理だよね」

襲撃が始まった城。
煙幕と砲撃により混乱する甲板で、3人は反撃を開始する。

煙幕により視界が遮ぎられるなか、ハルトが上にいるであろうティアを呼びつづけていると、突撃して来た敵に間合いを取られた。
負傷が免れないと覚悟した矢先、間に入ってきたアステガが敵をねじ伏せる。

「ボーッとすんな!!」

アステガの叫びにハルトは再び前を向いた。


立ち込める煙幕の中、体術で敵をやり過ごすジンは限界を感じていた。
視界が遮られ、銃が使えなくなったからだ。
流れ弾が2人に当たる思うと、とても銃などもっていられず、武器を捨て近接に切り替える。

ある程度はのせたが、向かってくる敵が多い上、煙幕で距離感が掴めないのだ。
力が込めきれず起き上がった敵につかまれるも、前のめりになってぶつけた。
下がって、横からきた敵を交わしたが、右腕の服が割かれ、近くね倒れた敵に足を掴まれる。
しかしそのまま腰を落とし、しゃがんで向かってきた敵を下から殴った。
仰け反って倒れたのを確認したあと、銃をもう一丁ぬいて掴まれている腕をを撃つ。

すでに体力も限界だが、死にたくはない。
なら動くしかないと思った時、目の前の敵が驚いた表情を見せた。
ジンの後ろに目線が行き、何事かと思った直後。
目の前に赤い布がひらりと舞い降りて来る。

「ありがとう。ホライゾン」

一瞬。赤羽のタイタニアかと思えば違う。
晴れつつある煙幕の中で。ジンと敵の間に入った赤いそれは、着地と同時に武器を抜き、囲んでいた敵を目まぐるしい速さで切り裂いて行った。
その強さに物怖じた敵が、躊躇いを見せ始める。

「そーたいちょ……?」
「大変そうだったからきちゃった」

確かに大変だったと、ジンは率直に感想した。
だが浮かぶ疑問の前に、後ろからくる敵の対応に追われる。

「なんで!?」
「指揮はセオがやってくれてるし、大丈夫!」

問いただしてる暇はない。これで敵が減ると確信し、更に応戦始めた時、再び飛空城に爆音が響き渡った。
前回とは違い、地震の様な巨大な揺れが起こる。

アステガはこの爆音に舌打ちをした。
タイムリミットだ。

「てめぇら、避難だ! 城が落ちるぞ!!」
「は……」

「誰!?」
「説明してる暇はねぇ! 急げ!」

アステガの叫びに、キリヤナギは困惑している。
傾いて行く城はゆっくりと下降を始め、高度が下がって行くのが分かった。

「総隊長! 今はアステガさんに!!」
「……!」

ジンの後押しに応え、キリヤナギがセオへ通信を飛ばす。
受け取ったセオは、傾いた城に苦い表情を浮かべ、脇で砲撃してくる周りの庭二機を見た。

「救助に向かうにしても、一機向かわせた所で集中砲火をくらうだけです。今しばらく時間が……」
「間に合わないな」
「甲板を制圧してから救助のつもりが、まさか自爆とは……せめて砲撃を止められればいいのですが……」
「そうか」

何も言わず歩を進め始めたグランジに、セオは違和感を覚える。
甲板の隅に立ち、此方に主砲を向ける二機を仰ぐと、グランジは右手を差し出した。

「アルカード」

使い魔と共に現れた少女は、グランジの肩に座り長いツインの髪をふわりと流す。

「仰せのままに……」

グランジの武器である彼女は、その勤めを果たす為に槍へと姿を変えた。

「ブラッティストーム!!」

赤い竜巻が巻き起こり、かまいたちが二機の庭へ直撃、まるで庭を二分する様に砲台から下を真っ二つに切り裂いた。
溜め込んでいた火薬が爆発し、土台の上部が吹っ飛ばされる。

途端飛空庭は二機は、同時に砲撃を止めた。
騒然とした空気と共に、皆が呆然とする中、
キリヤナギは何も言えず、セオから救助に行くと言う連絡を受け取る。

そんな中、2度目の爆音が響き、今度は飛空城のエネルギー体が爆発。
城の動力が消失を始め、落下の速度がさらに加速した。
飛空城の位置より下には、セオが指示した庭が最高速度で此方に向かって進んでいる。

「ジン! ハルト! 飛び移るよ!」
「は! どうやって!?」

距離があり過ぎる。
城の高度は下がっているが、とても飛び移る距離ではない。
城の位置の高さと、庭の高さは軽く500m以上は差があり、城からまだ見えている時点で人間の足ではどう考えても無理だ。

動揺するジンの横で、キリヤナギはグローブを外し、耳を覆うような高い音で口笛を吹く。
すると、後ろに鎧をきたタイタニアが、翼を水平に保ち、向かってきた。
キリヤナギは自分の手を取らせ、グライダーの様に下の庭へと滑空を始める。

「まじかよ……」
「ジン!!」

ボーッと見ていたのがいけなかった。
後ろに現れた黒い影に、気付かぬまま手を掴まれ、キリヤナギと同じく一気に大空へ投げ出される。

「カナトって……うわぁぁぁぁあ!」

高い高い高い高い!!
雲が下に見える高さからの滑空に、ジンは錯乱して思考回路が停止する。

「下を見るな!!」

無理だ!!
だが、徐々に近づいてくる庭にジンは絶対離すまいと両手でカナトに捕まる。
先に鮮やかに着地したキリヤナギに続き、ジンはカナトにブレーキをかけてもらってゆっくり着地した。

「死ぬかと思った……」
「だらしないな」
「てめぇとは違うんだよ!!」

腰が抜けて立てない。
ハルトもまた、救助にきた2人のタイタニアに捕まって避難してくる中、

此方に向かってきていたアステガは、半ば途中でタイタニアの手を振り払った。

「じゃあな。助かったぜ!」
「てめぇ!!」

直ぐ追いかけようと、タイタニアのコウガが急降下をかけるが、アステガは光に包まれ、自身の首から下げたドックタグに変わる。
またそれを別のタイタニアに拾われ飛び去ってしまった。
その一瞬の出来事に、ジンは呆然と見送るしかない。

「ティアは! ティアはまだなのか!!」

ハルトの叫びにジンがはっとする。
沈みゆく飛空城の頂上にしがみつく彼女は、風に煽られ今にも飛ばされてしまいそうだ。
周りに旋回するタイタニア達は、彼女に飛び立つよう促してはいるものの、あまりの高さに足がすくみ、飛び立つことができない。
怖くて翼が動かないのだ。
飛び方を忘れてしまったようにも思う。

「ティアーー!!」

再び聞こえた声。
急いでその声を探しても、城にはもう見当たらない。
どんどん高度が下がり加速する城で、ティアはようやく、目と同じ高さになったハルトを確認した。
懇願するような表情をみせるハルトに、ティアは再び躊躇いを感じる。

そっちに行って、いいのだろうか。
一度拒絶された貴方に、飛び込んでいいのだろうか。
呼び起こされた数日の感情にティアは思わず首をふりかけたが、

「来い!! ティア!」

呼ばれた。
差し出された手を取るために、彼女は沈みゆく城を足場にして、飛び立つ。
そして1つ羽ばたき、更に高度を上げて羽ばたいた。
何もかもが落ちてゆく。
空気すらも落下する圧力に耐え、ティアは更に強く自分を押し上げた。
そして滑空するように、彼女はハルトの胸へ飛び込む。
勢いで押し倒されたハルトは、思わず床へと座りこんだ。

ポロポロと大粒の涙を流すティアは、ハルトを強く強く抱きしめて震えている。

「ハルくん……ハルくん……きたよ……ハルくん」

なんて情けないんだろう。
彼女の笑顔の為に自分はずっと一緒に居たのに、今こんな辛そうな声で泣かせてしまっている。
守るために居たのに、危険な目に合わせて、一体何の為に居たのだろうか。
護衛として失格だと思う。だが

「ハルくん……いなくなっちゃ、やだぁ……」

絞り出された声に、ハルトは優しく彼女の肩を抱いた。
もうティアの護衛には戻れない、が、護衛じゃなくてもいいと思えた。
胸に顔を埋めるティアを強く抱き返すと、彼女の体温を全身に感じる。
懐かしく心を穏やかにしてくれる温度に、ハルトもまた安堵を得た。

「もう……離さない」
「……! う”ん」

溢れていた涙が、乾いてゆく。
ハルトに抱きついたまま、離れようとしないティアに、後ろから現れたキリヤナギは毛布をそっとかけてくれた。

「ありがとう。キリヤナギ……」
「お礼はジンに、……後は任せて」
「頼む」

赤いマントを翻したキリヤナギは、眼下となった飛空城を見下ろし、救助に当たるタイタニア達に向けて指示を始める。

 

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