ティアの弱点


出演:ティア、ハルト







あたしには、とある弱点がある。
 これは特定の人物のみに限定されるけれど、あたしにとってはとても深刻で、だけど贅沢な悩みだった。


***


「ティア〜」
「ひゃあっ」
 横から突然抱きつかれ、あたしは思わず声をあげた。
 全く知らない人だったらとても恐ろしいことだけど、幸い、顔見知りなのは声だけで分かる。
「は、ハルくんっ」
 容赦なくぎゅっと抱きしめてくるのは、恋人であるハルトくん。
 いつもなら外でこんな風に大胆なことはしないのだけど、今日の待ち合わせ場所は東アクロニア平原の木陰。人通りはそこそこあるけれど、死角になった場所で待っていたこともあって、ハルくんはお構いなしに抱きついてきたのだ。
「待たせたか?」
 文句のひとつでも言おうと思ったところで、至近距離からハルくんの優しく甘い声が制す。
「う、ううん……今来たとこだよ」
「ん、よかった」
 実は、この不意打ちなスキンシップと優しい声に慣れない。ハルくんと一緒に行動し始めてからずっとだ。
 心の準備もないまま真正面に受け止めると、冷静な自分が消えてなくなってしまう。
「今日は天気がいいからな。ここでのんびり過ごしたかったんだよな」
 あたしから離れたハルくんは、うーんと伸びをしながらその場に座り込む。それから躊躇なく原っぱに寝転がった。
「ああ、ハルくんってば……汚れちゃうよ? シート持ってきたから、これ使お?」
 平原で過ごすと決まってから、あたしはレジャーシートと飲み物、あたしのお世話係をしてくれているリューくんと頑張って作ったサンドウィッチを持ってきていた。
 本当は自分ひとりで作れたらよかったのだけど、まだまだ一人前には程遠いみたい。リューくんが見かねて手伝ってくれたのだ。
「おう、ありがとな。そっちの荷物はなんだ?」
 シートを広げて敷いていると、ゆっくり起き上がってきたハルくんが早速気付いたようだ。
「それはね、お昼ご飯とか飲み物だよ〜」
「おおっ」
 あたしはランチボックスと飲み物を取り出すと、ハルくんは身を乗り出して嬉しそうに見つめている。
「ティアが作ったのか?」
「ううん……リューくんに手伝ってもらって」
「そうか。いや、でもティアも頑張ったんだよな」
「うんっ」
「ありがとな」
 自然な流れでハルくんは、あたしの頭を撫でる。それがちょっぴりくすぐったくてドキドキしたけれど、そんなことよりも、喜んでもらえたことが何よりも嬉しかった。
「ちょっと早いけど、お昼にしよっか」
「あぁ。俺も早く食いたい」
「はーい」


***


「ごちそうさまでしたー」
 多めに作っておいたサンドウィッチはあっという間になくなり、おなかが満たされたあたしたちは、お茶を飲みながらまったりとくつろいでいた。
「うまかった」
 優しく微笑みながら、ハルくんは満足気にそう言ってくれる。
「よかったぁ」
 早くひとりで作れるようになりたいな。
 あたしは心の中でひとつの目標を浮かべながら、空になったランチボックスを片付ける。
「ありがとな」
 その隙をついて、ハルくんはまたあたしに抱きつき、囁くようにお礼を口にした。
「は、ハルくんっ! こんなとこで……」
 だけど、あたしはどうしようもなく正気でいられなくなり、動揺でまともな受け答えができなくなっていた。
「大丈夫だ。向こう側には見えない」
「で、でもっ」
「ちょっとだけだから」
 その台詞に何度騙されたことだろう。
 そんな恨み言が浮かんだけれど、あたしはなんとかそれを呑み込んだ。
 別に嫌というわけではない。
 むしろくっついたりするのは好きな方だ。
 でも、あたしだけ余裕がなくなってしまうのは、なんとなく不公平な気がする。だから、複雑な気持ちを抱いてしまうのだ。


 そう。あたしはハルくんのスキンシップに弱い。
 甘く、優しい声に弱い。
 まるで、精神攻撃を受けているかのようだ。
 ……いい意味で。


「ティアはやわらかいな〜。いいにおいもするし」
「〜〜〜!!」
 くんくんとにおいをかがれたり、いろんなところをぺたぺたと触られ、あたしは声にならない声で叫ぶ。
 多分、こんなに動揺するあたしのことを、ハルくんは分かってやっているんだろうな。
「……ほんと、ハルくんはずるいんだから」
 ついに本音が漏れだし、だけどそれでもやめないハルくんに、あたしは小さく溜息をついた。




 いつかこの弱点を克服する時は……今のところ訪れる気はしない。


〜END〜

 

 

 

 

 

2017.04.29

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