Happy Birthday!




 この街では、バレンタインが過ぎるとホワイトデーと並行して、ひなまつりのイベントが開催される。
 お正月、恵方巻き、バレンタイン……。
 昨年末から思い返せば、冬という季節はイベントだらけだと改めて思う。
 イベントとは言っても、街中の様々な店が売上アップを目的としてセールを行ったり、スタンプラリーで豪華賞品プレゼント企画を行ったり、限定のお菓子や料理が販売されたり。
 年々マンネリ化している気がしないでもないが、今年もそんな時期がやって来た。

 先日バレンタインチョコを受け取ったハルトは、この時期になると難しい顔をすることが増える。
 ホワイトデーのお返しは勿論だが、それ以上に悩まされるイベントが今年から増えてしまったのだ。
 正直、街中のお祭り騒ぎはどうだっていい。同じように毎年やって来るという点では類似しているが、重要度が格段に違うのだ。


 初めて一緒に過ごす、ティアの誕生日がやって来た。


 三月三日、街ではひなまつりで盛り上がっている中、ハルトは一人緊張の面持ちでとある場所へと向かっていた。
 事前に『一緒に過ごそう』と約束はしていた。
 二人きりで過ごせたらよかったが、同居しているリュクスの『えー。俺だってティアの誕生日祝いたいんだけど』という台詞によってその計画はなくなった。そしてせっかくだからと、るみこも誘って四人で祝うことになったのだ。
 午前中はリュクスが料理を準備することになっており、その間るみこがティアを外に連れ出し、街のひなまつりイベントで安くなった服などを買いに行くことになっている。
 俺はというと、街で有名なパティシエが営むケーキ屋へ、注文していたケーキを取りに行く役目だった。
 以前ティアが食べてみたいと言っていたが、人気店のため購入するにも苦労する。結局一度も食べられずにいることをリュクスから聞き、三か月前に予約をしておいたのだ。
 その店は味だけでなく見た目にもこだわりがある。
 今回注文したケーキはハート形のホールケーキに白とピンクのクリームでコーティングされ、可愛らしい花のチョコレートやうさぎの砂糖菓子、リボンの形のクッキーが飾られていた。勿論、バースデー用のプレートも飾られている。『可愛いケーキ』というリクエストで、ティアが好きなものを伝えた内容すべてが盛り込まれていた。
「喜んでもらえるといいのですが」
 店に来ると、このケーキを作ったパティシエがわざわざ店頭に姿を現し、謙遜しながらハルトにケーキの箱を手渡す。
「大丈夫、です。すごく喜ぶと思います」
 あまりこういったことに慣れていないハルトは、気の利いた言葉が思いつかず心の中で自己嫌悪に陥っていた。
 しかしパティシエはそんなハルトを気にも留めず、笑顔で「ありがとう」と口にした。
「素敵な誕生日になりますように」
 最後にそう言うと、ハルトは軽く頭を下げ、見送るパティシエに背を向けて歩き出す。
 気づくとハルトの表情には薄らと笑みが浮かんでおり、少しだけ足取りが軽くなった気がした。


 ケーキ屋から歩いて数十分。ティアの家に辿り着き、インターホンを鳴らす。未だにこのボタンを押すのは少々緊張するが、予定よりも早く到着したため、扉を開けるのがリュクスであることは予想済みだった。
 ゆっくりと扉を開いた先にはリュクスがいて、予想と一致したことに緊張感が和らぐ。
「なんだ、お前か」
 リュクスは大袈裟に溜息をつき、がっかりした様子でハルトを出迎える。付き合う前からそうだが、リュクスにはいつも敵対視されており、現在もそれは継続中だった。
「ケーキ、取りに行ってきたぞ」
「そりゃどうも。もうすぐこっちも完成する。ティアとるみこもそろそろ帰って来るだろ」
 ハルトからケーキを受け取り、さっさとリュクスは引っ込んでしまう。
「……相変わらずだな」
 呆れるように小さく溜息をつきながら、歓迎されていない空気を無視して、ハルトは勝手に家へ上がり込んだ。


 リビングへ向かうと、可愛らしいピンクにハート柄のテーブルクロスが目に飛び込んできた。
 ダイニングテーブルの上には、様々なごちそうが広がっている。小さめのハンバーグやからあげ、ポテトサラダ、サーモンのカルパッチョ、骨付きのチキンなど……。食べきれるか心配になるほどのごちそうが並んでいた。
「うまそー」
 いつもティアから『リューくんのご飯はすっごくおいしいんだよ!』と聞かされていたが、贔屓目がなくとも間違いなくおいしそうだ。
 そんな感心するハルトを気にすることもなく、キッチンではリュクスが最後の仕上げとクリームシチューの様子を見守っている。

 ……しかし、落ち着かない。
 あとはティアとるみこが来るのを待つだけになってしまい、手持無沙汰のハルトはふらふらとリビングを見て回る。
 可愛い小物などを好むティアの趣味で、ぬいぐるみやインテリア用の置物など様々なものが飾られていた。
「あ……」
 その中で目に留まったのは、前にアップタウンを一緒に歩いた時に、露店で買っていた小物だった。ピンク色のガラスでできた、小さなウサギの置物。プレゼントしようかと思う間もなく、一目ぼれしたティアが購入し苦笑してしまったという、若干情けないエピソードがついてくる。
 欲しい者と出会った時のティアの行動力はすごいと学んだ貴重な出来事であり、あれ以来、露店の近くを歩くときは神経を研ぎ澄ますようになった。

 そんな懐かしい思い出に浸っていると、玄関の方から物音が聞こえた。
 扉を開ける音の後、がさがさとビニール袋の音続いて耳に入る。それから遅れて「ただいまー」「おじゃまします」という聞きなれた声が聞こえた。
 リュクスの耳にもその声は届いていたらしく、ようやくキッチンから顔を出し、二人を出迎えた。
「おかえり、二人とも」
「ただいま、リューくん。はぁ〜……ついつい買っちゃったぁ〜」
 両手いっぱいに荷物を抱えたティアとるみこは、隅の方に戦利品を置くと、近くにあるソファーへ癒しを求めるように座り込む。
「毎年だけどさ……ティア買いすぎ」
「えへへ……ごめんなさい」
 るみこは少しの不満をこぼすが、そこに険悪な空気はない。二人は相変わらず仲がよく、顔を見合わせて笑い合っていた。
 親友同士の二人は、いつもこうしてティアの誕生日を過ごすらしい。そして、ティアの欲しいものの一部を買い、それがるみこからの誕生日プレゼントになっていた。
「はい、これ」
 ピンク色の包みに包まれた箱がティアに手渡される。
「わーい。ありがと〜」
 中身はティアが選んだもののため、特に開封されることはなく近くの小さなテーブルに置かれた。

「よ、ティア」
 一通りのやり取りを見届け、一区切りついたところでハルトはティアに声をかけた。
「ハルくん!」
 疲れた様子でソファにだらんと座っていたティアは、ハルトを見るなり興奮するように立ち上がり、ハルトの両手を握ってぶんぶんと上下に振った。
「わーい! ハルくんハルくん!」
「お、おう」
 こういう時、どんな反応をすればいいのか正直戸惑う。
 二人きりなら抱きしめて落ち着かせることだって易々とできるだろうが、リュクスやるみこがいる手前、変にいちゃつくことに躊躇いがあった。
「ティア、さっさと手洗え。ご飯出来たから」
 しかし、そんな悩みも無駄に終わる。
 おそらく邪魔をしたのだろうが、この時ばかりは助け舟のように感じるリュクスの言葉に、ハルトはホッと溜息をついた。
「はーい! 今日はごちそうだもんね〜」
 ぱたぱたとティアは洗面台に向かい、それに倣うようにるみこも後を追いかける。二人で仲良く洗う姿は微笑ましく、ハルトは遠くから二人を見守っていた。
「皿。出すの手伝え」
 だが、そんなささやかな時間さえも許されないらしい。先程助けてもらったと感じたのが幻だったのかと錯覚しそうなハルトは、仕方なくリュクスの言いなりになるのだった。


「ふあぁぁ……ごちそうさまぁ」
 テーブルに並んでいた料理のほとんどがなくなり、満腹になった一同は料理の感想を言い合いながら一息ついていた。
 控えめに言っても、リュクスの料理はお店を開いても通うレベルでおいしかった。特にクリームシチューがハルトのお気に入りで、ついおかわりをしてしまうほどだ。
 ティアもるみこも満足気で、ただリュクスだけは淡々と残った料理をラップしたり、タッパーへ詰めたりしている。
「あたしも手伝うわ」
 しっかり者のるみこはテーブルの空になった皿を重ね、それをキッチンへと持っていく。リュクスもその後を追い、二人で皿洗いを始めた。
 本来ハルトもここで手伝う必要があるが、今のハルトにはひとつ大事な使命がある。

「ティア」

 すっかりくつろぎモードのティアに、少しだけ緊張した声で名前を呼ぶ。
「ん〜? どうしたの?」
 改まった様子のハルトを、ティアは不思議そうに見つめる。その視線に一瞬怖気づきそうになったが、悟られぬようにと事前に用意していたプレゼントを懐から取り出した。
「これ。プレゼント」
 リビングに二人とはいえ、キッチン組がいつ戻ってくるかは分からない。
 いつもよりもぶっきらぼうに細長い箱を手渡すと、ティアの表情はみるみるうちに嬉しそうな明るい色に染まっていった。
「ありがとう! ハルくん、開けてもいい?」
「おう」
「わぁい! なんだろ〜」
 ウキウキ気分のティアの様子を、ドキドキしながらハルトは見守る。
 ゆっくり優しく包装紙を開き、ティアは箱をぱかっと開いた。
「わあぁ!」
 ぱぁっと一際明るい表情がハルトの目に飛び込んできた。それはまるで、花が満開になった時と似ている気がする。
「かわいいっ! かわいいよ、ハルくん!」
 大興奮のティアが手にしているのは、ゴールドのうさぎのネックレス。安直だが、うさぎが好きなティアなら喜ぶかも、なんてお店で一目惚れし購入したものだった。ゴールドとは言ってもピンク色に近い色で、それもなんとなくティアらしいと思う。
「ティア、つけてやるよ」
 いつまでも目を輝かせながらネックレスを見つめるティアに、ハルトは手を出してそう言った。ハルトとしても、似合うかどうかきになるところである。
「うんっ」
 元気よく返事をしたティアからネックレスを受け取り、後ろを向かせる。髪をサイドに避け、うなじが見える状態でてきぱきとネックレスをつけた。
「わぁ〜〜っ! かわいいっ!」
 実際つけてみると、また違った感動があったらしい。ティアから喜びの声があがり、思わずハルトの表情が緩んだ。
 その、一瞬気が抜けたのがいけなかった。
 無意識のうちにハルトの顔はティアのうなじに近づき、そのまま唇を落としていたのだ。

「ひゃっ!!」
 ティアの驚いた声に、ハルトは我に返る。
「わ、悪い……」
 理性は抑えていたつもりだったが、ここに来て少し綻び始めたらしい。幸いキッチン組には気付かれていないが、何かあってリュクスからの冷たい態度が悪化してしまうのは少し困る。
「ううん……びっくりしただけ」
 恥ずかしそうにちらりと振り返るティアの顔はほんのり赤い。元気なところも好きだが、少ししおらしくて照れているティアもまた、ハルトにとって好きな一面であった。
 どちらかというと、後者は二人の時に見せてくれる顔なので、特に好きだったりするのだが……。
「かわいいな」
 ティアは、という言葉は飲み込み、ふわりと微笑みかける。
「えっ!?」
「ネックレスが」
「!!」
 ハルトの思惑通り、ティアは自分が言われたものだと勘違いしたようだ。顔を真っ赤に染め、言葉も失っている。
「ん〜!! もう! ハルくんのいじわるっ!」
 からかわれたことに気づいたティアが、恨み言を言いながらぽかぽかとハルトの胸元をたたく。そんな様子もいちいち可愛いが、これ以上は我慢できそうにないのでからかうのは止めることにする。

「誕生日おめでとう、ティア」
 その代わり、もう一度祝福の言葉を口にした。

 この日ティアが生まれてこなければ、きっとこんなにも幸せな日々も訪れることはなかっただろう。
 それはイコール、感謝の言葉にもなるのだ。
 ぷうっと頬を膨らませている仕草も可愛くて、一瞬キッチン組の存在を忘れかけそうになる。このまま抱きしめられたらどれだけよかっただろうか。


「おい、ケーキ食うぞ」
 またしても二人の間に割って入るリュクスが、ケーキの箱を持って現れた。
「さっき見せてもらったんだけど、すーっごく可愛かったわよ」
 るみこまでもグルになり、ティアを取り囲む。一人ぼっちになったハルトは小さく溜息をつきながら、やれやれとその光景を見守るのだった。


(あぁ……来年はなんとかして二人で過ごしたい……)

 

 

 

 

 

2016.03.3

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