因縁の関係?










 今俺は、とてつもなく気まずい思いをしていた。
 家に来客と二人きりになった気まずさから逃げるようにキッチンへ移動し、適当なグラスに買い置きのアイスティを注ぐ。
 部屋は一人でいる時よりも静かに感じ、時計の針も動きが鈍っているように見えた。
 しかしアイスティを注ぐ時間はあっという間で、俺はしぶしぶそれを客人へと手渡す。
「これしかないけど」
 相手は客人だが、ぶっきらぼうな態度を取ってしまうのにはわけがあった。

「あぁ。悪いな」
「さっさと飲んで帰るんだな」
「すぐ帰ってくると言ったのはおまえだろ?」
「…………」

 すぐにでも追い返してやりたかったが、そんな姑息な考えもお見通しと言わんばかりに、アイツは隙間をすり抜けていく。
 ほんと、だから俺は嫌なんだ。
 だけど嘘をついて追い返さなかったのは、全部ティアのためである。
 ティアはるみこに渡したいものがあると出かけており、俺が留守番を引き受けていた。
 すぐに帰ってくると言っていたが、おそらく話し込んでいるのだろう。予定の時刻を過ぎても帰ってこない。
 そんな時、この憎たらしい客人が来たのだ。最初はただ追い返すつもりだったが、瞬時に過ぎった考えが現状を作り上げていた。

 もしすれ違いになってしまったら……おそらく悲しい顔をして慌てて追いかけるに違いない。それに、追いかけても会えなかったらティアを落ち込ませてしまうかもしれないのだ。
 どんな理由があろうとも、ティアを悲しませるような事態はできるだけ避けたい。
 俺の本音はさっさと帰ってほしいに尽きるが、反論できないのはすべて彼女のため。
 結局、彼女には勝てないのだ。
 すれ違いのなろうと、会うなと止めようと、俺を振り切って会いに行くのは目に見えている。
 それなら俺が犠牲になってアイツを引き留める方が最善だ。

 ……と何度も言い聞かせるものの、苛立ちはなかなか消えてくれない。
 涼しげな顔をして、余裕のオーラをまき散らしながらティアを待つアイツ……ハルト。ティアの彼氏だ。

「リュクスはホント、俺のこと嫌いなんだな」
 不意に、気まずい空気を更に悪化させるような一言が聞こえてきた。
 あまりにもあっさり、さらっと口にするものだから、最初何を言われているのかまったくもって理解できなかったように思う。
「は?」
 ワンテンポ遅れて反応すると、それはもう、愉快そうにアイツは笑った。
 もしかしたらあまりの気まずさに壊れてしまったのかもしれない。
「いいや。ティアが大事なんだなって」
「!?」
 更にわけのわからない言葉が飛び込んでくる。
 こういうところも嫌いだ。どこかバカにされているような気分になる。
 返す言葉なんて思いつかず、俺はただ黙り込むしかない。
 そうだ……このまま無視してやろう。
 そうしているうちに、ティアも帰ってくる。
 嫌がらせなのか、アイツはアイスティをちまちま飲んでおり、あまり減っていないように見えた。
 男らしく一気飲みして出て行けばいいのに。あるいはティアが早く帰ってくればいいのに。
 心の中で、何度も何度も同じことを考える。


 ハルトが嫌いな理由はいくつかある。
 いつも余裕そうなくせに、ティアのことになると必死なところ。
 どこか人を見透かしていそうな態度。
 変なところで空気が読めないところ。

 でもきっと、いつかティアを奪っていく男……だからというのが一番大きいのだろうなと思う。
 嫌いでいられる間は、きっと俺はココにいられる。
 任せられないって思える瞬間は、まだ安心できる。
 そんな気持ちがついつい、コイツの前で出てしまうのだ。


「大丈夫だ。ティアの全部をお前から奪う気はないから」
 世間話をするかのように、とんでもないことをまたしてもさらりと言われてしまった。
「何言ってんだ?」
 これにはこらえきれずに反応し、それが失敗だったとすぐに後悔する。
 あぁ、本当にこんなヤツだから……いつの間にかペースに乗せられてしまうから嫌なんだ。
「ていうか自惚れるなよ。俺はまだお前のことを信用してないし、ティアとの交際を認めてないからな」
「お前はティアの母ちゃんかよ」
「もうそれでいい、お前がティアから身を引いてくれたらな」
「それは無理な相談だな」
 いちいち癇に障る言葉を吐いていく。俺の嫌味もあっさりと交わしていく。
 その度に頭に血が上り、イライラで満たされていくのだ。
 やっぱり無視すればよかった。
 ……でも、すべてが遅い。


 だが、ハルトは言葉を止めなかった。
「俺はいつか、リュクスにも認めてもらえるように努力するさ」
 優しい微笑みに、意外な言葉に、息がつまりそうな想いが込み上げてくる。
「……俺なんか放っておけばいいだろ」
 まるで拗ねている子どものような返答だ。もやもやとした妙な感覚が胸の奥でぐるぐる渦巻き始める。
 しかし、そんなどうしようもない俺でも見捨てないのが……大嫌いなアイツだ。
「ティアが大事にしているヤツは、俺だって大事にしたい。それにお前は……俺なんかよりずっと昔から、ティアを守ってくれていたからな」
 そこまで口にして、ハルトはアイスティをぐいっと飲み干した。
 俺のとげとげしい態度とは裏腹に、穏やかで優しい雰囲気に包まれたアイツ。
 余裕のない見苦しい俺と、余裕たっぷりなアイツ。
 ……なんて対照的なんだろう。

「……そうやって俺の機嫌を取ったって、絶対認めないからな」
「当たり前だ。そう簡単に認められたら張り合いがないだろ」
「……うるさい」

 ひねくれた俺もさらりと受け止め、そんなハルトだから嫌いなんだと再確認した。
 この先、何回嫌いだと思い、いがみ合うのだろう。
「もう一杯もらえるか? 話してたらのどが渇いた」
 空になったグラスを掲げ、ヤツは返事もしていないのに図々しくも俺に掲げたグラスを押し付けてきた。
 無言で溜息をつきながら、立ち上がってアイスティを注ぎに行く。
 時計の針がやけに遅く感じるのに、注ぐのはあっという間だから憂鬱だ。


 あれから二十分ほど。
 ティアは帰ってくる気配が感じられないが、いつ帰ってくるだろうか。

 そろそろリタイアを考える俺は、ティアに連絡することを考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

2016.1.26

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