存在理由 ティアの幸せは俺の幸せだ。 それは彼女の願いからこの世に生まれ落ちたあの日から、ずっと抱き続けている素直な気持ちである。 小さな頃から彼女のそばで世話をし、成長を見届けてきた。 自分の意志なんかあってないようなもので、俺にとって彼女がすべてだった。 決してそれは苦ではなく、呪いでもなく、縛られているわけでもない。 俺は素直に、心から彼女を愛していた。 恋愛としての意味はなく、親愛という意味を込めて。 いつか必ず訪れる最期の……最期を迎えたその先の彼方まで。 「えへへ〜えへへ〜」 俺が作ったオムライスに一向に手をつけず、ティアは変な声を出しながらも胸いっぱいの様子で幸せの余韻に浸っているようだった。 キッチンで洗い物をしている俺は、少しずつ沸き立つ苛立ちを抑えながらもてきぱきと使命を果たしている。 (またあいつ絡みなんだろうな……) 心の中で呟き、小さく溜息をつく。 理由は聞かずとも、長年ティアを見守り続けた俺だからこそすぐに把握できた。 ……いや、それは自惚れすぎか。 この様子は、ティアの事情をある程度知っている『当事者以外の人物』なら分かることだろう。 ティアがこんなだらしない顔を見せる時は、大体『あいつ』絡みで間違いない。 最初に俺はティアが幸せならそれでいい的なことを言った気がするが、どうしても『あいつ』絡みとなると、素直に喜べない自分と向き合わなければならなくなる。 「片付かないから早く食べてくれないか」 何とか胸のうちに秘める苛立ちを押し殺しつつも、ぴしゃりと少々冷たく言い放った。 「うんー。何だか胸がいっぱいで入らない〜」 だが、今のおめでたい頭では多少冷たく当たったところで効果はない。 ティアは何かを思い出しては、「キャー!」と可愛らしい悲鳴をあげている。 「あっそう。じゃあもう食べないのか?」 「ううん〜食べるよ〜」 どっちなんだ。なんて無粋なツッコミを入れたところで、無駄な労力を使うだけだ。 俺は片付けるという使命を諦め、ため息をつきながら洗い終えた皿を拭きつつティアを見つめる。 俺が見つめていることにも気づかず、未だにスプーンさえ持たないティア。 だらしなくにやけながら、時折奇声をあげる様子は変人この上ないが、それもひっくるめて今彼女が幸せなのは明白である。 昔……涙を流し続け、悲しみに溺れていたあの日々を思い出してみれば、喜ばしい状況なのは確かだ。 ……でも、今の俺はこの状況を素直には喜べていない。 あの日々が頭を過ぎる度、ティアの涙を思い出す度、ティアが愛し信頼している『あいつ』に敵対心が芽生えてしまう。 ティアの信頼する相手を信用しないというのはいけないことかもしれないが、もしかしたら騙されている可能性だって否定できない。 思わず守ってあげたくなるようなオーラ、こちらまで幸せになれそうな笑顔、隠されているあの体型。 可愛いの塊であるティアをどうにかしたいという輩は、きっと大勢潜んでいることだろう。 だからこそ見極める必要があり、何かあれば俺が守ってあげなければならない。 なんて気苦労絶えない日々が続くのに、その苦労は伝わらないだろうな。 苦笑しながらも俺はキッチンから移動し、ティアの目の前の席に座る。 頬杖をつきながらすっかりデレデレの様子を眺めた。……無意識に緩む自身の顔にも気付かずに。 「どうしたの?」 ふと目があって、現実に戻ってきたらしいティアが不思議そうな顔をして尋ねた。 「いーや。今日も平和だなって」 「ん???」 俺の言葉にティアはますます混乱に陥ったようだが、少しくらい困らせたって罰は当たらないだろう。 「変なの」 釈然としない表情を浮かべると、ようやくティアはスプーンを手に持ち、オムライスを食べ始めた。 「うん! 今日もおいしいっ」 先程とはまた別の笑顔が咲いて、ようやく素直に俺自身も満たされる。 たとえそこに恋愛感情がなくても、やはりずっと一緒にいた相手が誰かに取られてしまうということは、面白くないものだ。 そういうことだから、『あいつ』を素直に認めないことも仕方がない。 そう……そういうことだ。 ティアの幸せは俺の幸せだ。 それは彼女の願いからこの世に生まれ落ちたあの日から、ずっと抱き続けている素直な気持ちである。 小さな頃から彼女のそばで世話をし、成長を見届けてきた。 自分の意志なんかあってないようなもので、俺にとって彼女がすべてだった。 決してそれは苦ではなく、呪いでもなく、縛られているわけでもない。 俺は素直に、心から彼女を愛していた。 恋愛としての意味はなく、親愛という意味を込めて。 いつか必ず訪れる最期の……最期を迎えたその先の彼方まで。 だから、彼女が本当の『幸せ』を手にするその日まで……俺はずっと、そばで見守っていよう。 俺は、そういう存在だから。 |
2015.08.11