今日のお空はどんな空?






 とある快晴の日、ハルトは木陰の下で横になりながらぼんやりと空を眺めていた。
 雲ひとつない晴天だが、それほど日差しは暑いと感じず、過ごしやすい一日だとしみじみ思う。時折吹き付ける風も心地よい。
 今日は特別な予定があるわけでもないので、可能ならこのまま一日のんびり過ごすのも悪くないという気持ちも芽生える。ティアにも声をかけて連れてきてもよかったかもしれないとも思う。
 しかし、ティアのことを思い出したところでハルトは表情を曇らせた。ひとつだけ気がかりなことがあるのだ。


 その気がかりというのは、先日から発生しているひとつの問題だった。
「あっ! これすごくかわいい……ハルくん、これかわいいよねっ」
 可愛いのはお前だという気の利いた言葉を飲み込みながら、はしゃぐティアが見つめる先をたどる。
 ちょうどティアが好きな服屋の前、五周年記念フェアと銘打ったはずれなし福引き会を実施する案内のポスターに視線がたどり着いた。
 ティアはその景品のひとつである四等のリボンに釘付けである。
「そうだな」
 ピンクを基調としたドット柄のリボンは、おそらくティアがつけたらまた可愛くなるのだろうな。
 ひっそりと頭の片隅で妄想しながら、福引き会の詳細を目で追っていく。
 千円で一枚の福引き券をもらうことができ、福引き券一枚につき一回福引きに挑戦できるということだった。
 期間は明日から二週間で、景品がなくなり次第終了だという。
「あたし、ちょうど欲しい服もあるし、挑戦してみようと思うっ!」
 いつにもなく張り切るティアは、胸の辺りまであげた両手をぐっと握り、決意表明をした。
「ああ、がんばれ」
 ティアが頑張ると張り切る時は、おそらくいくらハルトが止めても聞かないだろう。
 それにティアが狙っているのは四等。
 一等を狙うのはかなり難しいかもしれないが、四等であればまだ難易度は落ちるはずだ。
 その時はまあ、それで話は完結したのだが……。


 翌日の福引き会初日、ティアはまたその服屋へ訪れていた。
 ハルトは荷物持ちという名目で付き添っていて、福引きに挑戦するティアを見守っている。
 前々から欲しかったという服、いい機会だからと鞄や髪飾りまで買って二十枚ほどの福引き券を手に入れていたティアは、緊張の面もちで店員に福引き券を渡し、「お願いしますっ」と叫んでいた。
「ゆっくり回してくださいね」
 そんなティアを微笑ましい表情で見守る店員がそう言うと、一回、また一回と回していく。
 当たるのは主に五等〜七等の景品で、なかなか四等のリボンは当たらない。
「う〜〜〜」
 回すのも十回を超え、ティアの表情も気づけば雨が降りそうな曇り空のようだ。
 ハラハラしているのはハルトも同じで、四等くらい出てきてくれよ、という気持ちばかりが強まる。
「おめでとうございまーす! 一等の特製ワンピース出ましたー!」
 カランカラン、とハンドベルを鳴らしながら店員は高らかに叫んだ。
 並んでいる女の子たちからはざわめきが起こる。狙っていた者にとって悲報なのだろう。まだ残っているとはいえ、手に入れる確率が減ったのだから。
 だが、そんな両極端の反応を周りが見せても、ティアの表情は晴れなかった。
 結局最後まで四等は出ず、チャレンジは終了してしまったのだ。

「残念だったな。でもまあ、一等は出たわけだし……」
「うぅ」
 二十回分の景品と買い物で手に入れた戦利品を持ったハルトは、落ち込むティアを元気づけようと言葉をかける。
 が、目当てのものを手に入れられなかったら、たとえ一等を引き当てたとしても意味がないのだと気づいて次の言葉に詰まらせた。
 ハルトとしても予想外の展開だ。
 二十回もあれば四等くらい当てられると軽い気持ちでいたからこそ、現実の非常さを突きつけられるとどうしたらいいのか分からない。
「……知り合いで協力してくれる人がいないか聞いてみるから。まだ初日だし、また挑戦しに来ようぜ」
 何とか絞り出した言葉に、ティアは小さくうなずく。
 景品が残っている限りはチャンスはある。
 この日も、そうやって話は終わったのだ。


 しかし、欲しいものほど当たらないというのはよくあることで、また買い物をしてチャレンジしたり、るみこに協力してもらったりと手を尽くしてはみたものの、四等のリボンは手に入れられずにいた。
 二等、三等と別の景品は当てられるのに、四等だけは当たらない。
 トレードという手を使おうにも、意外と人気らしいリボンを交換してくれる者はタイミング良く現れてくれなかった。
 何度も挑戦し、実施期間は無惨にも過ぎていき……ハルトが木陰で横になっている今日が最終日だった。
 ティアは最後に挑戦するのだと意気込んでまたお店に向かっていることだろう。
 ハルトもそれに付き添えばよかったのだが、声をかけるタイミングを失ってここにいる。
 手は尽くした。
 本当はこっそりハルトが手に入れてティアに渡せれば良かったが、それでも手に入れることは叶わなかったのだ。
 小さくため息をつきながら、ごろりとハルトは寝返りを打つ。
 今日なんとか無事に手に入れて欲しい。
 今のハルトには情けないことに、ただ祈ることしかできなかった。


「ハルくん! いた〜っ!」
 目をつむり、心地よい風と過ごしやすい気候にうとうとしていた時だった。
 どこか嬉しそうな声色の、聞き慣れた声が風に運ばれてハルトの耳に入る。
 ゆっくりと身体を起こすと、そこには今日の天気と同じ表情を浮かべるティアの姿があった。
 最近は梅雨かと思わされるくらい表情が曇ったり雨が降ったりしていたので、久しぶりの明るい表情に思わずほっとする。
「見て見てっ! これ!」
 そう言って見せつけたリボンで、ハルトは晴れた理由を察した。
「ついに当たったのか。よかったな、ティア」
 自分のことではないが、初日から見守ってきたハルトとしても嬉しい限りだ。
 付けているリボンはティアによく似合っていて、普段の可愛さが更に際立って見える。
「ううん、実はあたしが当てたわけじゃないの」
 ぽつりと、ティアは話し始めた。
 ハルトはちょっと意外に思いながら、ティアの話を聞いている。

 話の内容はこうだ。
 今日、最終日に挑戦しにいこうと思ったら、四等のリボンは残っていなかったらしい。
 店頭に貼られた福引き会のポスターには、終了となった景品に「終了しました」というテープが貼られているのだという。
 しかし、運良く他の賞と交換してくれる者が現れ、三等の帽子と交換してもらえたそうだ。

「よかったじゃないか」
 自分で当てられなかったことを残念に思っていたらしいが、ハルトとしては喜ばしいことに変わりはない。
 違法な手段でなければ、手に入れられればそれでいいのだ。
 ハルトはティアの頭をなでながら、一緒に喜びを分かち合う。
「うんっ! 親切なお兄さんのおかげで助かったよぉ〜」
 ティアの無邪気で嬉しそうな声にハルトまで嬉しくなる……はずだった。
「お兄さん?」
 だが、ひとつの単語が頭に引っかかり、ハルトの表情は怪しくなる。
「そう。そのお兄さんはね、大事な妹さんのために三等の帽子を狙っていたんだけど、あたしと同じでゲットできなかったんだって。お店でばったり会ってね、ちょっとお話しして、交換してもらったの」
 えへへと笑うティアと正反対のハルトの中では、どんどんと黒く醜い感情が量産されていく。
 他の男からもらったリボンを嬉しそうに身につけるなど、ハルトとしてはちっとも面白くなかった。
 自身が手に入れられず、プレゼントできなかったことが敗因であると分かっていても、リボンを手に入れることができて喜ぶティアの姿を目の当たりにしても、この展開を心から喜ぶことが、今のハルトにはできなかった。
「ハルくん? どうしたの?」
 急に黙り込んだハルトを不思議そうな目で見つめるティアに、自身の心の狭さを痛感させられる。
「いや……何もない」
「そう? でも苦しそう」
「気のせいだろ」
「うーん」
 人のことをよく見ているティアに、隠しごとなんてできない。
 とは分かっていても、この情けない自分をさらけ出すことは抵抗があった。
 せっかく苦労した末手に入れた喜びに水を差すことにもためらいがある。

 こんな醜い嫉妬なんて、今のティアに知られたくない。

 そんな感情さえカッコ悪いと分かっていても、ハルトは意地を張る選択肢を選んだ。
 ティアはとても可愛く、周りの男がほっとけないとつい手を差し伸べたくなるような女の子だ。
 過去にも数え切れないくらい邪な目で近寄る男たちから守ってきたが、今回は感情をむき出しにして自分の独占欲でティアを困らせるような案件ではない。


「ハルくんが大丈夫ならそれでいいよっ。でも、もし何かあったら遠慮なく言ってね。……あたしじゃ頼りないかもしれないけど」
 ぱぁっと可憐な花を咲かせたような笑顔を浮かべ、ハルトの邪心とは真逆の優しい気持ちをぶつけてくる。
「ティア」
 目の前のティアの腕をぐっと引っ張り、ハルトは唐突にぎゅっと抱きしめた。
 ふわりと鼻をくすぐる甘い香りに頭がクラクラする。
「え! えええええっと! ハルくん!?」
 突然のことに動揺を露わにするが、ティアはハルトの腕の中に収まったまま抵抗はしなかった。
 抱きしめられることくらいは日常茶飯事の出来事に過ぎない。
 が、それに慣れるほどの度胸はティアには存在していなかった。
 お互いの加速する心音がドキドキしている証明となる。
「まあ……俺を助けると思って大人しくしててくれ」
「……? どういうこと?」
「大丈夫だ。すぐ落ち着く」
 ハルトはただそれだけ言うと、黙り込んでティアを抱きしめる力だけを強めた。
 追求を諦めたティアもハルトの背中に手を伸ばし、抱きしめ返している。
「ハルくんがそうしたいなら、いいよ」
 なんという台詞だ。
 深い意味など何もないティアの台詞に、ひとりハルトはドキドキさせられる。
 いつの間にか醜い感情も薄まっていく。
 おそらく忘れてしまうのも時間の問題だろう。


 こうして気がかりは解決し、心地よい今日をティアと過ごしたいという願いも叶ったハルトは、幸福な一日を過ごしたのだった。


 

 

 

 

 

2015.06.14

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