こうしてあなたは、あたしを縛り付ける。 ぜんぶニセモノで、ぜんぶマボロシで、ぜんぶウソで、ぜんぶユメだったらよかったのに。 そうしたら、ぜんぶ、うまくいくはずなのに。 あたしは今日も、アイツのことを好きなまま。 「はぁっ!」 「少し使うタイミングが遅いぞ、るみこ」 「分かってるわよ!」 いつもよりも言葉遣いや呼吸が乱れているのは、あたしがわざわざお願いしてスキルの特訓を受けているからだ。 別に今、必死になってスキルを磨く必要なんてないことくらい、一番あたしがよく知っている。 それでもこうして教えを受けているのは、真っ当な理由ではないことも……よく知っている。 「そろそろ休憩するか? 動きっぱなしだろ」 「……そう、する」 強がる余裕を失われるほど、あたしは確かに動きっぱなしだった。 余計なことに気を取られないようにと必死だったせいだろう。 たとえば、あたしとアイツの視線が交わる時。 たとえば、ふとした瞬間アイツに触れた時。 たとえば、大好きな幼馴染の顔が浮かぶ時。 ドキドキと、喜びと、緊張と、後ろめたさと、嫌悪感と。 様々な感情があたしの集中を乱し、それがいつも余裕でこなしていた動きのキレを奪うには十分すぎる存在であることを、あたしはちゃんと自覚していた。 「お前、最近おかしくないか?」 余裕もなくその場にへたり込んだあたしの隣に遠慮なく座り込んだアイツは、息ひとつ乱すことなく話しかけてくる。 容赦のない指摘は、余裕のないあたしに追い打ちをかけるには十分すぎた。 ドキッと心臓が跳ねたような感覚に、どんな顔をすべきかと悩む。 「別に……おかしくなんかないわよ」 せめていつも通り強がることだけは忘れないようにと、ぽつりと呟いた。 それにどれほどの効力があるかは分からないけれど、あたしの本当の気持ちの正体に辿り着くまでの障害の一つに加えられるのなら、いくらだって呟ける。 あんたは、あたしなんかに構わなくていいのよ。 本当ならそれくらい言ってやりたいと思うのに、もう一人の自分がそれを止めた。 構わなくていいと言ってしまえば、こうして教えを乞うことさえもできなくなる。本当の本当に、繋がりが途切れてしまいそうだったから。 それに…… 「おかしいだろ……動きが明らかに変だ。なんか集中してねぇというか……悩みでもあるのか?」 実際、こうして心配してくれることを、あたしは死ぬほど嬉しく思っていたんだ。 嬉しいと同時に幼馴染への罪悪感がのしかかる。 「何にもないわよ。……何にも」 乱した呼吸やぐちゃぐちゃな感情を整理したくて、何度か深呼吸を繰り返す。 深呼吸をするたびに気持ちがクリアになっていき、冷静な自分と向き合うことができた。 よこしまな気持ちでアイツとここにいる、あたし。 大好きな幼馴染を裏切っている自覚を持つ、あたし。 どんな言葉で、どんな行為でごまかしたって、この気持ちから逃げられない、あたし。 向き合うのは怖いけれど、受け入れなければいつまでも先には進めない。 進んだ先に希望はなくても、立ち止まって中途半端でいるのは……もっと辛いから。 「あたしのことはいいのよ。それよりあんたはどうなの?」 冷静になると、ようやくいつものあたしが戻ってくる。 口うるさくて可愛げのないあたし。 「何がだよ?」 アイツはむすっとした表情で聞き返すけれど、 「ティアのことよ。あんた、ティアが欲しがってるって言ってたリボン、ゲットできたの?」 さっきの仕返しのように容赦なく質問に質問で答えた。 この話題は先日からアイツが抱えている問題の一つであり、未だに解決していないことはアイツの表情からもうかがえる。 簡単に話すと、ティアがちょっとした限定物のリボンを欲しがって頑張っているのに協力しているのだけど、まったく手に入らない、ということ。 「……意外と、手に入らなくて……だな」 浮かない顔をしているアイツは酷く悔しそうで、初めて見る表情に落胆がよぎる。 誰でもないあたしに見せている表情とはいえ、その表情の原因は別の人間だ。あたしに向けられたものではない。 「早くしないと、期間終わっちゃうわよ」 そっぽを向きながら、アイツの顔が見えないようにと意地悪なことを口にした。 「……どうにかするさ」 穏やかな声だけがあたしの耳に入ってくる。 もっと剥きになってくれるなら簡単だったのに……。 でもアイツは……今、あたしの傍にいるハルトは、もう別の誰かしか目に入っていないようだった。 こんなに、敵わないって、分かっているのに。 ぜんぶニセモノで、ぜんぶマボロシで、ぜんぶウソで、ぜんぶユメだったらよかったのに。 そうしたら、ぜんぶ、うまくいくはずなのに。 ……あたしはまだまだ、アイツへの気持ちから解放されそうにない。 (いつになったら、解放されるのかしらね) |
2015.04.28