第一話:曇天 変わりだす世界

(執筆者:詠羅)

 

 

アクロポリスの貴族街にある邸宅の中に、一際目立つ巨大な屋敷がある。
入り口から屋敷まで、木々が整えられた敷地は、色とりどりの花々が咲き誇るまさに文字通りの花園だった。
屋敷の西棟には、使用人や警備兵の居室があり、イクスドミニオン・グラディエイターのハルトもここで暮らしている。
同室で暮らす同僚も、もう長く、始めは交代での仕事ではあったが、数年前に護衛対象だった娘、ティアが、ハルトを専属にしてほしいと懇願し、現代ハルトはティアの専属護衛としてこの屋敷の主人たるローレンス・アミュレットに仕えている。
アミュレット家は天界よりビジネスの為に移住してきた貴族だ。
天界にてフラワージュエリーブランドを構築し、エミル界でもそのビジネスを開拓する為、家族でエミル界へと移住してきたと言う。
その為に、アミュレット家には種族間の偏見はなくハルトもまた傭兵としてすんなりと受け入れられていた。
変わってハルトは、両親が冥界の戦火から逃れ、完全にエミル界に帰化した後に生まれたイクスドミニオンだった。
イクスドミニオンはドミニオンの中でもヒエラルキーの高い位置にあるものだが、エミル界においてはその効力を完全に失っている為、ハルトは両親に、本来の立場を知らされぬまま育てられた。
過去の栄光など、エミル界で育った自分には何の役にも立たない。
ハルトは早い段階でそれに気づき、両親の元で不自由もなく育てられたのだった。

朝の支度を行いつつ、ハルトはナビゲーションデバイスのスケジュールツールにて、今日の予定を確認する。
今日のティアは、朝から歌のレッスンがありハルトは午後までは非番だ。
彼女が戻るまで、他の使用人達の雑用でも手伝おうとしたが、勤務の開始直後に、雇い主、ローレンスがら文面でのメッセージが届く。

話がしたい。
珍しいと、ハルトは少し驚いた。
ローレンスはそもそも、一般冒険者だったハルトがティアの専属護衛になることをあまりよくは思っていなかった。
一般の家庭から冒険者となり、対人ゲームで名を馳せたハルトは、富裕層から見ればただの野蛮なチンピラのようにも映る。
本当に娘を思う父親ならば、もっと真面目で勤勉な護衛騎士をつけたいと言う気持ちもわかるからだ。
だがその上で、ハルトはティアに許された。
ずっと側にいて欲しいと、私の歌を聴いて欲しいと言われた。
だからハルトもそれに応える為、自分の全てをこのアミュレット家へ捧げる決意を決めたのだ。
ハルトのその家族もまた、屋敷に仕えることを誇りに思えと背中をおし、今はもうかなり長くなる。
ティアを守る為に、自分はこうしてここにいるのだ。

呼び出しのメッセージに応じ、ハルトは武器を使用人に預け、ティアの父、ローレンスの部屋へと足を踏み入れる。
巨大な机に重ねられた大量の紙は、フラワージュエリーのデザイン画だ。
壁一面の棚には植物図鑑が並べられ、机の上には試作品もある。
久しぶりに入ったローレンスの仕事場に、ハルトは少し圧倒されたが、前のデスクに腰かける雇い主に、ハルトはまず跪いた。

「イクスドミニオン・グラディエイターのハルト。お呼びに預かり参りました」

当主・ローレンスは僅かに眉を動かす。
振り返った男は、ティアと同じ色の瞳と髪を持っており、父親であると一目で分かった。

「突然呼び出して、すまない。ハルト」
「とんでも御座いません」
「一つ聞きたい事があってね、先週にティアが出場したコンクールに関して知りたい」

コンクールと言う言葉を聞いて、ハルトは少し嫌な物を感じた。
ティアはハルトに護衛を頼む際、宝石を持ち出す事は父に内密にして欲しいと話していたからだ。
つまり、あのアイテムを持ち出すことはローレンスにとって不都合であると考えられた。

「何でしょうか」
「コンクールで発生した襲撃事件。ハルトは確かにティアを守ってはくれたが……今回何故、ティアは狙われたんだ?」
「……それは、旦那様が世界有数のデザイナーだからでは?」
「……デザイナーか。確かにそうかもしれない。しかし、あのコンクールは我が家だけではなく、他の貴族達も多数集まっていたはずだ、それなのに、何故ティアが狙われたと思う?」
「……」

ハルトは答えに酷く迷った。
しかし、相手はローレンス。ハルトを雇う当主でもある。
ハルトは意を決して言葉を口にしようとしたが、その前にローレンスが先に口にを開いた。

「……実は先日、騎士団に問い合わせた」
「……!」
「ティアを襲ったあの窃盗集団は、我が家の家宝をねらっている連中と同じだった。……ハルト、ティアは頑なに話してはくれなかったが、君なら知っているだろう」
「……」
「あれを持ちだしたのか?」

言及されている事実に、ハルトは身が強張っているのを感じた。だが、あそこまで派手に戦ったのだ。
ばれない方がおかしいと思う。
嘘をついても無駄だと判断し、ハルトは小さく口にした。

「……申し訳ございません」
「……アレを持ち出し、ティアが危険な目にあうことは、君もわかっていたのではないのかね?」
「……」
「危険だとわかっていたなら、何故君は背中を押した?」
「……」
「ワガママを聞いてくれた事には感謝したい。だが、生命が危うくなるほどの危険が潜むとわかっていながら、彼女をコンクールに参加させだ事を……私は、許せない」
「……はい」
「我儘と意思の尊重は別なんだ……。君はまだ自分を過信しすぎてはいないかね」
「そう、かもしれません」
「……失望したよ。ハルト」
「……」

頭をたれながら何も言わないハルトに、ローレンスは、言葉に渋ったが、わだかまりを握りつぶすように続ける。

「……君は、ティアの事をどう思っているんだね」
「心から、守りたいと……俺はティア様の為に生まれて来たと……心からお慕いしています」
「そうか……だが、それと我儘を聞くこととは違う。その判断もつかない君は、ティアを慕うといえど、再び彼女を危険な目に合わせかねない」 

ハルトは顔を上げた。ローレンスの言葉は正論だ。
忠誠を誓う余り、ハルトは守るべきものを見失ったのだ。
付き人であり護衛である筈なのに、自分の力に過信をしてティアを危険に晒した。
その上で、コンクールはなくなり、ティアは結局、コンクールで歌えてはいなかった。
しかもそれは、ハルトも予想出来ていて、それなのに、自分は彼女を期待をさせていたのだ。
歌が早く聴きたいと……。
今を思えば情けない。何がしたかったのだと思う。
全ては、自身の過信が生んだ事案だったのだ。

「……本日を持って、君をティアの護衛から解雇する。今まで助かった」

ローレンスに言い渡された言葉をハルトは真摯に受け止めた。
当たり前だと思う。護衛として雇う人間が、自ら娘を危険に晒したのだ。
危険だと、分かっていながら連れ出した。
そんな人間は、既に護衛とは言えない。

ハルトはもうこの屋敷には不要なのだ。
跪いたまま俯いたハルトは、そのまま頭をさげる。

「お世話になりました」
「ティアは後日、モーグ地方の御曹司と見合いをする。お互い別の道を歩むことになるが、また別の運命の相手を探すといい」

立ち上がりもう一度礼をしたハルトは、何も言わず屋敷から出て行く。
その背中を使用人達は心苦しそうに見送っていた。



「ハルくんが、いない……」

歌のレッスンから帰宅したティアは、屋敷の中を一人探し回っていた。庭園、部屋、机の下、クローゼットの中をひたすら周りハルトを探していた。使用人に聞いても、みんな知らないと言う。
今まで、こんな事はなかった。
いつもなら、うろうろしていると何も聞かなくても使用人が居場所を教えてくれたし、いない時は必ず連絡を寄こしてくれたからだ。
誰も教えてくれない、誰も知らない。空気もどこかおかしくて、ティアは祈る思いでハルトの部屋へと向かった。
使用人達の部屋には邪魔になるので余り行かないよう言われてはいたが、少しでもハルトの気配を感じたくてティアはこっそりと部屋に向かう。
自分に大丈夫だと言い聞かせ、ゆっくりと部屋を覗くが、そこには荷物が一切なくなった空きベッドが有るだけだった。

「ハルくん……いなくなっちゃった……」

押し寄せてくる喪失感にティアは座りこみ、何も考えられなくなってゆく。
回りの使用人達は突然泣き出したティアに困惑して声をかけるのを躊躇った。
ぼろぼろと溢れる涙に、廊下に敷かれた赤絨毯は、涙のせいでさらに赤く滲んでゆく。
周りの使用人達が困惑する中、廊下の奥から、タキシードの青年がこちらへと歩いてきた。
金髪に胸に薔薇の花を挿したエミルの青年は、泣いているティアをみて嬉しそうに駆け寄ってくる。

「ご機嫌よう……。ティア姫」

跪き頭を下げる青年に、ティアはハルトとは間逆の格好だと思った。

「だぁれ……?」
「はじめまして、私はモーグを本家にもつコントラクト家の長男、フレッド。会えて嬉しいよ」

フレッドと名乗った青年は、涙でいっぱいのティアにハンカチを取り出して水滴を拭ってくれる。
優しそうな面持ちとは反面、鋭い瞳がこちらを見ていた。

「泣かないで欲しい、そんな顔されたら私まで悲しくなってしまう……」
「むりだよぅ……ハルくんがいないもん……」
「ハル……? あぁ、君の好きだった子だね。君のお父様から話は聞いたよ。私はそれを慰めにきたんだ」
「……なぐさめる?」
「そう、私は君をフィアンセに迎えに来た」

ティアは自分の心が締め付けられたのを感じた。
そんな話は聞いていない。ティアがハルトを慕っている事は他ならぬ父も知っている筈なのに、なぜ彼はここにいるのか。

「だから、もう安心するといい。しばらくは僕が出て行った彼の変わりになるよ」
「いやっ!」

肩を抱かれ寄せられたことにティアは驚いて、フレッドの顎に頭突きを入れた。
不可抗力で入った頭突きに、ティアは困惑したが、起きあがってきた彼にほっとする。

「いてて……、お転婆なお嬢様だ。ローレンス様にスキンシップが好きだと聞いていたけど……そんなにあの小汚いドミニオンがいいのかい?」
「ハルくんの事を悪く言わないで!!」

ティアは再び涙を零し、飛び去ってしまった。
何が起こっているのか分からない混乱と、知らない人に触れられた恐怖が混じり、自分でも何がしたいか分からなくなる。
父なら何か知っているだろうかと思い、ティアは迷わず父の仕事部屋に駆け込んだ。
作業していたローレンスは、まるでティアを待っていたかのように迎え、なきじゃくる彼女と対峙する。

「パパ……。ハルくんが、ハルくんがいないの」
「ティア。彼は出て行ってしまった……」
「なんで……」
「ティア、わかっておくれ。彼はふさわしくない」
「そんなことないもん! ハルくんは、ハルくんはあたしの歌が好きって言ってくれたから……」
「フレッド君もきっと好いてくれるさ、彼は音楽が、趣味で……」
「なんで……なんでハルくんがいなくなっちゃったのあたしのせいなの……?」
「私が追い出したんだ」
「パパが……なんで……」
「ティア、彼がいてもティアの為にならない。また怖い想いはしたくないだろう?」
「わたしは、ハルくんが守ってくれるもん……」
「それがいけない。ティア、よく考えなさい!」
「……っ! 考えてるもん!」
「……あの宝石を持ち出したんだろう?ハルトが話してくれた……」
「!!」
「ティア、おまえも悪いが、ハルトもまた同じだ。少し反省しなさい」
「……っパパのばかぁ! 大っ嫌い!!」

ティアは泣きながら部屋を飛び出してしまった。
窓からハルトを探しに行こうとしたが、南京錠で閉じられて開かない。
隣の窓にも同じ錠がされていて、ティアは計られていたことを悟った。
その瞬間、どうしようもない無力感にかられティアは一人自室に鍵を掛け閉じこもる。
寂しさと絶望感が同時にきて、声を上げて泣き続けていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
ふと目が覚めた頃には日が暮れ、ベランダの窓に月が輝いている。
ふんわりとそよぐ風が、カーテンを揺らしている中、ティアはそれを見てハッとした。
ベランダの窓が空いている。
当たり前だ、ここはティアの自室だから、

彼女は腫れた目のままベランダへ歩み寄り、ゆっくりと空へと飛び立つ。
心の空白を埋めてくれる。彼の元へ……。


 

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